自然出産 その2自然出産を選ぶまで(1)

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    私たちが一人めから自然出産を選び奏流が無事に産声をあげるまでの経緯は、今思えばとてもドラマチックであり、自然な流れだった。

    光海との出会いから約一ヶ月後に、奏流はお腹に宿った。
    そして、出産に向けて色々と調べていた最中…
    妊娠三ヶ月の時に出血し“絨毛膜下血腫”と診断されて、即入院となった。
    元気なのだけれど、トイレ以外は立ち上がる事は許されない。基本的、寝ていなければならない。一日二回点滴を射たれ、張り止めの薬を処方された。
    もちろん、食事は病院食。あまり制限はないので、それなりのものは出たが、野菜もだいたい冷凍もの。あまり生命力のない食事ばかりだった。
    赤ちゃんが成長する上で大事な食事なのにと不安になり、光海に玄米菜食を作って届けてもらい、それを代わりに食べる事もあった。
    入院から一ヶ月。
    血腫は大分小さくなり、点滴をしなくてもいい事になったが、まだお腹の張りがあるので、いわゆる“切迫流産”という診断をされて、安静のために入院は継続するように医者に言われた。
    けれど、点滴をせずに安静にしているだけなら家でも出来るのではないか、家で食事療法をした方がいいのではないか、と思い、医者の反対を押しきり退院をする事にした。

    家事は光海と近くに住んでいた義母に頼り、家で安静にして過ごした。
    出来るだけ玄米菜食と生命力のある食事を心がけた。
    念のため、張り止めの薬は飲み続けた。
    お腹は、あまり張らなくなってきた。

    それでも、検診を兼ねて病院に行くと、その時のお腹の張りに関係なく、切迫流産との診断、張り止め薬の処方をされた。
    そんな機械的な医者の対応に疑問を持ち始め、薬を飲むのを徐々に減らし、最終的に飲むのを自己判断でやめた。
    検診を拒否されても困るので飲んでいる事にして、処方はされても薬を受け取らない事にしてやり過ごした。

    お腹も大分目立ち始めた頃、少しずつ体を動かし始めた。このままでは体力がないまま出産を迎えることになりそうだったからだ。
    それに加えて、ずっと逆子が治らなかったので、歩くのが逆子に効果的だと聞き、体と相談しながら歩く距離を増やしていった。
    薬も飲まず一日30分以上歩いても、特に気になる程、お腹が張ることはなかった。
    医者は自宅安静で薬を飲み続けていると思い、切迫早産との診断と張り止めの処方は変わる事はなかった。
    ただ、お腹の子は逆子のままだった。
    そこで、臨月2週間前頃から鍼灸院の逆子治療に通った。
    それでも、すぐには効果が現れず、臨月1週間前に帝王切開の予定が組まれてしまった。臨月に入ると、即手術というのが当たり前なのだ。予定日より2週間も早い無理矢理な出産に心は揺れた。
    逆子なら帝王切開でも仕方ない。。そう思いつつも、まだ3000グラムに満たないのでもう少しお腹で育って欲しいのと、逆子が治るかもしれないと信じたかった。
    手術予定日前日、1週間だけ予定延期したいと申し出る事にした。
    医者は、陣痛が来てしまうことの危険性と「この時期から逆子が治ることは“ぜったいに”ありません」と強く主張し、延期に反対した。それでも、どうしてもとこちらも主張し、何とか迷惑そうにされながら延期を承諾してもらった。

    そして、手術予定日前日の検診。
    エコーには頭を下にした赤ちゃんが映っていた。
    医者も“ぜったいに”ないと主張した手前、バツが悪そうだ。
    こうして、無事に帝王切開を回避する事に成功したと同時に「こんな医者に赤ちゃんを取り上げられるのは、絶対に嫌だ」と強く思ったのだった。


    つづく。。

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